「自分の本願を見つけたい」
「好きなことをして生きていきたい」
・・・だから本願教えてください!
というのはちょっと違う気がするのです。
「好き」や「願い」は自分の中にあるもの。
答えは自分の中から湧き上がってくるもの。
人が教えられるものではないと思うんです。
でも、わからないから
占いだったりセミナーだったり
誰か教えてくれないかな?って彷徨っちゃう。
そういう方に
「嫌いなことは何ですか?」って聞くと
不思議そうな顔をしながらも
嫌いなことをばー!!っとお話してくれます。
で、「それが嫌いなんですね?」「その人が嫌いなんですね?」
と聞き返すと
「でもいいところもあるんです」
と、全部ひっくり返してしまったり
だいぶ無理しているのにもかかわらず
「自分がちゃんとしてないからいけないんです」
「注意してくれる人がいるから気付けるんです」
とか、自分の痛みを無視してしまうこともあります。
この、嫌いなこと(人)、嫌なこと(人)を
ちゃんと「イヤ」「キライ」と思っても
気持ちを押し込め続けていると
余計に「こんな風に思う自分がダメなんだ」
「自分さえ我慢していれば」みたいになり
感覚麻痺状態になっていきます。
「好き」「心地よさ」を感じられないとき
「嫌い」「不快」を押し込めすぎている時です。
自分の好きなものがわかる、願いがわかる人は
同時に、嫌いなことも、やりたくないことも感じることが出来ます。
いいことだけ感じて
悪いことは一切感じないって無理なんですね。
わたしは花粉の時期には嗅覚がなくなるのですが
花のかおりがわからないのと同時に
不快なにおいもわからなくなります。
感じるという部分を研ぎ澄ますと
良いことも悪いことも
どちらも同じような強さで感じるようになります。
だから悪いことを感じすぎないように
自分を守るために
感覚を閉じていった結果
「好きなことがわからない」と同時に
「不快なこともわからない」になるのだと思います。
だいたいこの症状の方って
はたから見ると、
「いやそれ無理!!」ってことを
我慢されていたりするケースが多いです。
どう見てもハード!!っていうことを
死んだ魚の目で「全然普通なんで」っておっしゃいます。
いやいや!普通じゃないからね!って
ツッコミいれたくなりますが
本人は真剣に「全然平気」って思っているので
つらいなんて思っていなかったりもします。
ホントこればっかりは
フラットな目で見てくれて
忌憚なく言ってくれる外野が必要です。
あなたは
好きなこと、願い事が見つからなくなっていませんか?
もしも見つからなくて探しているなら
心を、感情を殺しすぎているのかもしれません。
安全に心を開放するための
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