年末に従弟が亡くなりまして
それをきっかけに色んな事を考えました。
彼は自死という方法で
命を追えることを選んだのですが
それが彼にとって
「最良の選択」であったのだろうと思っています。
わたしは彼の死の前まで
死ぬことは悪いことだと
どこかで考えていました。
だから、死にたい!という人には
「死ぬなんてダメだよ!」と思っていましたし、
自ら命を絶たなくても
生きていく術はたくさんあるのに!と
正論をブチかまして
「死ぬ勇気があるならなんだって出来るじゃない」
と、考えていたように思います。
けれど、近親者の自死に直面し
「彼にとって最良の選択がそれだった」と
受け入れるしかなかった時に
死ぬ苦しみよりも
生きる苦しみのほうが
とても多い人もいるのだと思いました。
悲しいですし、淋しいですし
何か力になれたのでは?と後悔もありますし
もう一度会いたかったと思いますが、
それは残された人間の感傷です。
残されたものにとっては
「死」とは悪かもしれない。
けれど、彼の選択を目の当たりにしたとき
悪いことと言い切れなくなりました。
数年前伯母が人工呼吸器をつけ
胃ろうの処置をして
延命治療を受けていたことがあります。
その状態だと意識はもう無いんですよね。
ずっと寝ている状態に近いです。
実の弟である父は
延命し続けることを望みましたが
人工呼吸器をつけた時には
伯母は認知症もかなり進んだ状態だったので
本人が何を望んでいたのかはわかりません。
数年前に伯母の姿を見た時にも
果たして「死」とは
悪なのかと感じました。
生きていて欲しいというのは
周りの人間の思いです。
けれど意識が無くとも
生き続けることが最良なのでしょうか。
身体を生かされているだけの生が正しく
死は悪いことだったのでしょうか。
何が正解で、何が不正解か。
命を前にしたときに「絶対」の答えは無いのだと
ふたつの命の終わり方を見て思いました。