自分の「好き」なものが「正しい」
「嫌い」なものが「間違い」
という風に思ってしまうと
いろんなことがうまく回らなくなってきます。
自分にとって「好き」なものが
絶対的に素晴らしいもので
「正しい」ものだと思うと
それ以外を「好き」な人のことを
許せなくなってきます。
自分がマイノリティであるとき
世間一般では多くの人が「好き」なもの以外を
「好き」な自分を認められなくて否定してしまったり
「許されない」という思いから
攻撃的になってしまうこともあります。
また「嫌い」だけれども
やらないとうまくいかないことも
世の中にはたくさんあります。
「嫌い」なものが「間違っている」なら
極論、仕事をするのが間違いだ!!になってしまって
人生たち行かないということも
出てきてしまうかもしれません。
あなたもありませんか?
他人の「好き」を押し付けられて辟易としたこと。
「好き」と「正しさ」が混在しているがゆえに
マイノリティとして肩身が狭い思いをしたこと。
自分の感性と
他の人の感性は違うから
自分が好きなものを大切に愛でる気持ちと同じように
他の人もその人が好きな大切なものを愛でる気持ちがあり、
それはどちらが「正しい」とか「良い」とか「悪い」じゃなくて
「好き」「嫌い」という感性の違いという風に
とらえられるようになると
「あなたはそう思うのね。私はこう思う」
「わたしはこう思う。でもあなたは違うんだね」と
相手を尊重しつつ、自分自身も尊重できるようになります。
「好き」と「正誤」「良し悪し」が混ざってしまうと
好きと好きのぶつかり合いになって
争いのもとになってしまいます。
「好き」だけど間違っているもの
(三食おやつ&昼寝付き生活)とか
「好き」だけど悪いもの
(夜中に食べるホールケーキ)とか
「嫌い」だけど正しいもの
(家事をしっかりやる)とか
「嫌い」だけど良いもの
(筋トレ毎日1時間)とか
好き・嫌いだけを絶対の価値観にしてしまうと
うまく回らないことも
たくさん出てくると思うのです。
その時は良くても、後々考えてみると……みたいな。
(例えばうちの父はお酒大好きですが、医者に止められてもやめられず糖尿病になりました。これ、すきを優先しすぎた例の一つですよね)
「わたしの思う」好きこそ絶対!
という価値観を持っていると
人生うまくいかなくなるので
自分の好きなものを許容する
相手の好きなものも許容する
という柔軟性と
好きなものと必要なものを
いったん分けて考えてみる
という俯瞰視点を
持ってみるといいんじゃないかな?と思います。